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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)62号 判決 1980年10月17日

原告 小沢幹司

右訴訟代理人弁護士 竹光明登

被告 森透

右訴訟代理人弁護士 西垣立也

同 八代紀彦

同 佐伯照道

主文

一  被告は、原告に対し、金四三六万四八八二円及びこれに対する昭和五二年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇六五万一五三〇円及びこれに対する昭和五二年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

昭和五二年一〇月五日、大阪市平野区長吉長原四丁目一〇番六号森製作所こと被告の工場内において、原告は、プレス作業に従事していたところ、ピンクラッチ型式五〇トンパワープレス(以下「本件プレス機械」という)により、左手の親指を除く他の四指及び左手掌の大半を喪失する傷害を受けた。

2  被告の責任

(一) 被告は、原告の使用者であり、雇用契約上、労働者が作業に使用する機械器具によって身体に危害を被ることがないよう配慮すべき安全配慮義務を負っている(労働基準法一三条、四一条、労働安全衛生法三条、二〇条)。

(二) したがって、被告としては、原告にプレス作業をさせるに当たり、労働安全衛生規則一三一条に規定する安全装置を本件プレス機械に取りつける義務があるのに、これを怠り、開業当初から右安全装置を取りつけていなかった。

(三) 原告は、本件プレス機械を用いて作業中、プレスの作動と左手を入れるタイミングがくるって前記傷害を受けたもので、本件事故は、被告が本件プレス機械に安全装置を取りつけていなかった過失により発生したものであるから、被告は、原告に対し、民法四一五条又は七〇九条により、原告の被った後記損害を賠償する義務がある。

3  原告の損害

(一) 逸失利益 金二四一五万五九一二円

(1) 原告は昭和五二年八月二一日に被告に雇用され、わずか一月半後に本件事故により負傷したものであるが、被告に雇用されるまでは、訴外株式会社入谷製作所に同年七月二〇日まで勤務し、同社における最終一年間の収入は、金二四五万八〇一七円であった。

(2) 原告は、本件事故の後遺障害により、その労働能力の六〇パーセントを喪失した。

(3) 原告は、右後遺障害の症状固定時(昭和五二年一一月三〇日)満四一才の男子であって、なお二六年間稼働しうるので、原告の右後遣障害による逸失利益は、ホフマン式により中間利息を控除して計算すると、左記の算式により金二四一五万五九一二円となる。

245万8017円×0.6≒147万4810円

147万4810円×16.379≒2415万5912円

(二) 慰藉料 金六三五万円

(1) 原告は、本件事故の負傷により、昭和五二年一〇月五日から同年一一月二日まで二九日間入院し、同月三日から同月三〇日まで二八日間通院(実日数二二日)した。入通院に対する慰藉料としては金三五万円が相当である。

(2) 前記後遺障害に対する慰藉料としては金六〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

被告は、仮処分示談金を払ったものの、その余の原告の請求に応じないので、原告はやむなく本訴を提起することになり、原告訴訟代理人に対し、着手金として金五〇万円を既に支払い、報酬として少なくとも金二〇〇万円を支払うことを約した。

(四) 損益相殺等

(1) 原告は、昭和五三年一二月までに、労災保険より後遺障害補償年金として金八五万四三八二円を受領した。

(2) 原告は、被告から、損害賠償の仮払金として金一五〇万円の支払を受けた。

(五) 前記(一)ないし(三)の損害額から(四)の受領額を控除すると、原告の損害は合計金三〇六五万一五三〇円となる。

4  よって、原告は、被告に対し、民法四一五条又は七〇九条に基づき、金三〇六五万一五三〇円及びこれに対する本件事故による後遺障害の症状固定日である昭和五二年一一月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

同2(一)の事実は認め、同2(二)(三)の事実は否認する。

同3(一)のうち、原告が株式会社入谷製作所に勤務していた事実は認め、その余の事実は知らない。

同3(二)のうち、原告がその主張の期間入通院した事実は認め、その余の事実は争う。

同3(三)の事実は知らない。

同3(四)の事実は認める。

2  本件プレス機械には、安全装置として、永光電機株式会社製のノンリピート装置が設置されていた。右装置は、危険な連続作動を単発作動に、足踏ペタルによる操作を両手押し操作に切り替えることができる装置であり、被告工場では、本件プレス機械を使用する際、連続作動と足踏操作をともに禁じていた。したがって、本件プレス機械を作動させるためには、その前面の操作パネルの両端に一つずつあるボタンを両手で同時に押えなければならず、機械が作動する際には、両手は操作ボタンの位置にあって、プレスの危険限界内に手が入ることのない仕組になっていたのであって、被告に過失はない。

3  本件事故は、原告の一方的な過失によって発生したものである。

(一) 本件事故当時、原告は、自動車の排ガス測定器の金属製の把手の縁を切って整える作業に従事し、本件機械を連続作動、足踏操作にして使用していた。また、本件機械は立ったままで操作することになっていたが、原告は、丸椅子の四脚に木片を継ぎ足して二〇ないし三〇センチメートル高くし、その上に座ってこれを操作していた。

(二) 本件事故は、作業が一段落し、原告が前記丸椅子からおりようとして、本件プレス機械の切刃部分に左手を置いていたところ、誤って足踏ペタルを踏んでしまったために発生したものである。

(三) 原告は、プレス機械に関して経験豊かな熟練者であるにもかかわらず、初歩的基本的な注意義務を怠り、禁止されていた連続作動、足踏操作を行ない、高い椅子に腰かけて不安定な状態で作業し、さらに、危険な切刃部分に左手を置いて、その左手に体重をかけるという過失を犯し、そのために本件事故が発生したものであるから、被告には責任はない。

4  仮に、被告に何らかの責任があるとしても、本件事故に関しては原告に前記3のとおり大きな過失があるので、損害賠償額の算定に当たり、原告の右過失を斟酌すべきである。

5  原告は、昭和五五年五月までに、労災保険より金一五八万六三〇一円の支払を受けている。

6  原告は、治療費及び休業損害について労災保険等より支払を受けているが、過失相殺を行なうに当たっては、支払ずみの治療費、休業損害も総損害額に加算すべきである。

三  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  二2のうち、本件プレス機械にノンリピート装置が設置されていた事実は認め、その余は否認する。

同3のうち、被告が原告主張のような椅子を作って作業に用いていた事実は認め、その余は否認する。

同4、6の主張は争う。

2  ノンリピート装置は、機械自体に付属している安全に関する部品というべきもので、労働安全衛生法で設置を義務づけられている安全装置とはいえない。

3  本件事故は、原告が椅子から降りようとした際に発生したものではなく、右手で材料を入れ、足踏みし、左手で製品を取り出す作業中に、誤って左手のタイミングが少し早かったために発生したものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の責任

1  被告が原告の使用者であり、雇用契約により、原告が作業に使用する機械器具によって身体に危害を被ることがないよう配慮すべき安全配慮義務を負っている事実は、当事者間に争いがないところ、本件プレス機械のように作業者の身体に傷害を負わせる危険を有する機械器具を使用して作業をさせる場合、被告としては、本件プレス機械に安全装置を取りつける等の措置により、作業者が本件プレス機械により危害を被ることのないよう配慮すべき注意義務を負うものと解される。

2  そこで、以下被告が右注意義務を尽していたか否かについて検討するに、本件プレス機械にノンリピート装置が設置されていた事実及び原告が本件事故時に丸椅子の四脚に木片を継ぎ足したものに座って作業をしていた事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び前記一の事実並びに《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件プレス機械には、本件事故当時、ノンリピート装置が設置されていたが、右装置は、各スイッチ操作によりプレス機械の作動を連続作動又は単発作動に、操作方法を足踏操作又は手押(両手、右手又は左手)操作にそれぞれ切り換えることのできる装置である。連続作動の場合は、足踏ペタル又は手押ボタンを押している間は作動を続けるのに対し、単発作動の場合は、ペタル又はボタンを一回押すたびに一回だけ作動する。操作方法を両手押操作にすると、プレス機械前面の両端にあるボタンを両手で一度に押さないと機械が作動しないため、作業者の手が危険限界内にあるときに機械が作動することはない仕組になっている(この点は、連続作動、単発作動を問わず同様)が、それ以外の操作方法の場合(足踏、片手押)には、ノンリピート装置自体は、作業者の手が危険限界内にあるときに機械が作動することを防止し、あるいは、機械が作動したときに危険限界内から作業者の手を排除する等の機能を有しない。本件プレス機械には、本件事故当時、右機能を有する安全装置は設置されていなかったが、本件事故後、右機能を有するものとして手引き安全装置が設置された。

(二)  被告工場での本件プレス機械の操作は、単発作動、両手操作に限られていたわけではなく、連続作動、片手操作、足踏操作も行なわれていたのであり、これは原告が操作する場合に限られることではなかった。

(三)  原告は、本件事故当時、自動車排気ガス測定装置の金属製把手の縁を切断する作業に従事していたものであるが、本来、本件プレス機械は正面に立ってこれを操作すべきものであるところ、原告自身の考案による丸椅子の四脚に木片を継ぎ足して脚を高くしたもの(中腰で座って足が地につく程度のもの)に腰かけ、本件プレス機械をノンリピート装置により連続作動、足踏操作にセットし、左手籠から材料を取り出し、プレスの切刀部分にセットし、プレス後に製品を右手で取り出しスクラップを取り除く工程(一工程約七秒を要する)で作業していた。そして、作業が一段落して椅子から降りようとし、左手を本件プレス機械の切刃部分に置いて体重を支えようとした際、誤って足踏ペタルを踏んでしまったため、機械が作動し、原告は左手をはさまれて、左手の親指を除く四指及び左手掌の大半を切断喪失する傷害を受けた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  右認定事実によれば、ノンリピート装置の操作切換スイッチを両手押操作にした場合は、手など身体の一部が危険限界内にあるときにプレスが作動するのを防止することができるが、操作切換スイッチを他の操作方法にした場合には、ノンリピート装置はこれを防止することができないのであるから、ノンリピート装置が設置されているからといって、被告が作業者の身体をプレスによる危害から守るべき相当な安全装置を設置したことにならないのである。ところで、労働安全衛生法第四二条に基づくプレス機械又はシャーの安全装置構造規格(昭和四七年労働省告示第七八号第二章、及び昭和五三年同告示第一〇二号第二章以下)によれば、一般に、プレス機械の安全装置には、両手操作式、光線式、手払い式及び手引き式等の各種類があり、両手操作式はプレス機械を操作するに当たって両手で押しボタンを押すために手がプレス機械の内部に入らない原理を利用した装置でノンリピート装置が伴われなければならないものであり、光線式は、手が機械内に入ると自動的に機械の作動が停止する仕組の装置であり、手払い式は機械内に手が入るとこれを手払い棒で払うようになっている装置であり、手引き式は、ひもで手をしばっているため機械の中に手を入れようとするとひもで引っ張られて中に入ることが防げる装置である。このうち両手操作式は、前記認定のとおり、作業態様いかんによっては、作業者の手がプレス機械内部に入りこむ可能性を防ぎきれないのに対し、その他の安全装置は、これらの安全装置が正常に機能している限り、作業者の手がプレス機械内部に入りこむのを未然に防ぐことができる。

これを本件についてみれば、被告は本件事故後に手引き式安全装置を設置したのであるが、これを当初から設置しておれば、本件の如く不用意に切刃部分に手を置くようなことは避け得たであろうと思料される。したがって、被告は、本件プレス機械が連続作動、足踏操作、片手操作で取り扱われる場合にも、作業者の手を同機械による危害から守るべき安全装置を取り付けるべき安全配慮義務があったのに、これを怠った過失があって、このために本件事故が発生したものということができる。

なお、この点に関し、被告は、ノンリピート装置を設置し、かつ、足踏作動を禁止していたから、被告には過失はない旨主張するが、右主張に沿う被告本人尋問の結果は《証拠省略》に照らして信用できず、他に前記認定を左右するに足る的確な証拠はない。

したがって、被告は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告の被った損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  逸失利益

(一)  原告が、被告に雇用される以前、株式会社入谷製作所に勤務していた事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、株式会社入谷製作所での最終一年間(昭和五一年八月から同五二年七月まで)に合計金二四五万八〇一七円の給与、賞与の収入を得ていたこと、原告は、被告がプレス加工業を開業するに当たり、被告から勧誘を受けて被告に雇用されるに至ったことが認められ、右各事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故がなければ、本件事故後、六七才に達するまで、毎年右金二四五万八〇一七円を下らない収入を得ることができたものと推認される。

(二)  原告が本件事故により、左手の親指を除く四指及び左手掌の大半を喪失する傷害を受けた事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、昭和五二年一一月三〇日、左手四指喪失の後遺障害を残して、症状が固定した事実が認められる。

右後遣障害は、後遣障害等級第七級に該当するものと認められ、第七級の後遣障害による労働能力喪失率は労働能力喪失率表(労働省労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号)によれば五六パーセントであるが、《証拠省略》によれば、原告は本件事故後昭和五三年一〇月から訴外松岡金属製作所に勤務して、主として金型の取付、製品の監視、箱詰作業に従事し、昭和五四年度は金一七五万二二六三円の収入を得ている事実が認められ、右事実を斟酌すると、原告は、本件事故の前記後遺障害により、症状固定時から六七才に至るまで、前記得べかりし収入額の三〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

(三)  《証拠省略》によれば、原告は症状固定時満四一才であった事実が認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除して、原告の本件事故の後遺障害による逸失利益の現価を求めると、金一二〇七万七九五八円となる。

245万8017円×0.3×16.379≒1207万7958円(円未満切捨て)

2  慰藉料

(一)  《証拠省略》によれば、原告は本件事故の受傷により、昭和五二年一〇月五日から同年一一月二日まで二九日間、訴外瀬田病院で入院治療を受け、同年一一月三日から同月三〇日まで二八日間(うち実日数二二日)同病院で通院治療を受けた事実が認められ、右入院、通院による精神的苦痛に対する慰藉料としては金三〇万円が相当である。

(二)  原告の本件事故による前記後遺障害の程度その他一切の事情を考慮すると、原告の右後遣障害による精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇〇万円が相当である。

3  過失相殺

前記二2の認定事実によれば、原告は、本件プレス機械を使用して作業を行なう際、作業のために必要な場合を除いてみだりに危険限界内に自己の身体の一部を入れず、また、危険限界内に身体の一部が入っているときは、プレスを作動させないよう十分注意すべき義務があるのに、これを怠り、作業上の必要がないのに、椅子から降りる際体重を支えるために危険限界内に左手を入れ、かつ、左手が危険限界内にあるのに誤って足踏ペタルを踏んでプレスを作動させてしまった点において過失があったと認められる。右過失は、プレス機械を使用して作業する際の基本的注意義務を怠ったものというべきであり、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時プレス工として約一三年の経験を有していた事実が認められることをも併せ考慮すると、原告の前記12の損害につき、右過失を斟酌して、その六割を減ずるのが相当である。

4  損害の填補

原告が被告から本件事故の損害賠償仮払金として金一五〇万円を受領した事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は労災保険年金として昭和五五年五月までに合計金一五八万六三〇一円の給付を受けた事実が認められ、右各金員はいずれも原告の損害賠償債権から控除すべきである。

5  弁護士費用

《証拠省略》によれば、原告は、被告から任意の弁済を受けられなかったため、弁護士である原告代理人に本訴の提起、追行を委任した事実が認められる。そして、請求認容額、事案の難易その他の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある損害というべき弁護士報酬額は金五〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、前記三12の損害からその六割を控除し、さらに同4の各金員を控除した金三八六万四八八二円と同5の損害金五〇万円との合計金四三六万四八八二円及びこれに対する本件事故による原告の傷害の症状固定日である昭和五二年一一月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久末洋三 裁判官 塩月秀平 山下郁夫)

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